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2012年2月20日月曜日

あと10日で

やってくる又三郎をつれてくるのは、今年はきっと代用ウミガメだ。

2012年2月19日日曜日

誰のために

それは少し正確ではない。誰に読んでもらうために書くのか。
僕はいつも自分のために書いてきたし、それは変わらないと思う。けれど、あのとき読んでくれる人を失ったときに、僕は宛名のついた作品としての手紙を書くことをやめてしまった。
そして長い、長い時間が過ぎてしまったのだ。過ぎて行くのだ。けれど、今ネットの上に、この広い空間の中に、ひとつの名前をみつけた。僕は、架空ではあるけれども、読んでくれる人。読んでくれるかもしれない人をみつけたのだ。みつけた気がするのだ。
「満月に近い月が出ている」・・・・みつけた。

2011年2月28日月曜日

夏、公園前の道を

北から歩いて来た君はとてもきれいで、うすぼんやりとした熱さの中で、僕はあのとき何を話したのか全く覚えていない。思考は完全に停止していたし、呂律もまわってなかったに違いないのだ。
そんなすれ違いを、君は覚えていないだろうけれど。

2011年2月26日土曜日

僕が彼女に出会ったのは

第一回目の別れのときだった。彼女とは本当に何回も別れを経験した。その第一回目の別れのときに彼女と僕は、少なくとも僕は始めて彼女の存在を認識したのだった。そのとき始めて僕は彼女に出会ったのだった。
だから、それは別れなんてものではなく、それから会話が始まったその契機だったわけで・・・

風が音をたてている

関東に春一番が吹いたのは確か数日前のできごとで
でもこれは春一番ではないだろう・・・と思う。
春一番という言葉に繋がる人はYさんしかいない。

2011年2月21日月曜日

それからはもう文字を書くことがうれしくてうれしくて

ペンをにぎればいくらでも文章は書けた。君に向かって文章を流すことで僕は文章の訓練を積んだのだと思う。とぎれなく手紙を出し続けることで僕は満足していた。
君の文章は僕の文章とは違っていたけれども、ちょうど会話で話術が変わってくるように僕の文章は確実に変化していった。掛け合い漫才のように、君の言葉に反応することで文章はいくらでも流れ出てきたんだ。いくらでも落ちてきたんだ。
あのころ、昭和がいつまでも続くと思えていた時代だった。

2011年2月20日日曜日

いつのまにか思い出さなくなった

決して忘れない。いつまでも心の中に・・・他でもない自分自身がそう思ったのだった。決意したのだった。いいかげんな笑い話だ。時は記憶を過去へ過去へ、うすぼんやりとした渾沌の渦の中へ・・京都のことを忘れ、東京での思い出も忘れ、・・・とうとうもう君の顔さえ思い出せなくなってしまう。
完全に渾沌の海に溶け込んでしまう前に、もう一度掘り起こして。どろや埃を洗い流して。あらためて埋めてしまうとしても・・・だ。