かれとは長い付き合いなのだけれど。
かれの顔を見てからかなり長い時間が流れてしまった。いくつもの季節がいった。
かれが育てた「きのこたち」はメッセンジャーなのだ。
ぼくは元気にしています。かれも元気にしていると信じています。
あかいとりのブログです。 モンシロチョウが一頭、空の底に向かって落ちていきました。碧く深い空の底へむかって落ちていきました。深く深く・・です。 目をこらすと様々な風景が見えてきます。
かれとは長い付き合いなのだけれど。
かれの顔を見てからかなり長い時間が流れてしまった。いくつもの季節がいった。
かれが育てた「きのこたち」はメッセンジャーなのだ。
ぼくは元気にしています。かれも元気にしていると信じています。
かれは優秀であり,面白い人生を歩んだ。歩んでいる。
高校生活のほぼ毎日、ほとんどの時間をともに過ごした。もしかしたら、いつの間にか作り上げた物語なのかも知れないけれど。楽しく、バカバカしく、くだくだと、ダラダラと、ときには真剣に、必死なつもりで過ごした時間。美しいとは言えないにしても楽しい思い出ではあるのだ。
50年は長い。けれど顔を合わした瞬間に、むかしと同じ空気になれる。友人とはいいものだ。
シンギュラリティが、地球温暖化が、南海トラフが、量子力学が・・・色あせてきた。かれらは新しい神をみつけてしまったようにみえる。思える。宗教にはまった信者たちにみえる。人々はここへきてまた新しい宗教を創り出したのだ。他者の意見は聴かないのだ。認めないのだ。自分が正しいと盲信しているのだ。じぶんは賢い、すべてをわかっている、じぶんは天才なのだ・・そう言い切ってしまっている人たちの世界だ。時を同じくして、まあまあ面白いとみていたyoutuberのすべてが失速してしまった。強調しているわけではなく、ぼんが定期的に見ていたyoutuberすべてが、だ。小学生のように正義を語り、真理を語り、世界を発見しているようにみえる。議論は議論ではない。小学生には失礼ではあるけれど。もちろん、ぼくにとっては、という限定であり、ぼくが感じているというそれだけの話だ。
だからこそ、ぼくは小説に逃げ込んでしまう。小説家のつくりあげる世界は、彼らがみせてくれるものは、魅力的だ。トマス・ピンチョンという作家に今じかんをとられてしまっている。時間を捧げている。
LOVELOVE愛してる最終回だ。ことばがない。がっかりしたとか,なさけないとかではない。決してそうじゃない。
いい番組だった。吉田拓郎も歳をとった。高校生の頃,彼は,はじめて鹿児島でコンサートを開いた。「りんご」を歌ってた。彼はスターだった。
今朝から,晴れ上がっている。いい天気だ。